レッドアイアン1/35 DET-250ブルドーザー

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レジン製フルキット
 
 DET-250の歴史は戦後の復興期から始まります。
第二次大戦で戦場となったソ連の西部地域は、多くの建築物や工場、道路、鉄道が破壊され復興再建すべき課題が山積していました。


 作業には欠かせない装軌式トラクターは、戦前からのスターリネッツS-65と、その戦後改良型のS-80が使われていました。
どちらもチェリャビンスク・トラクター工場(ChTZ)で生産されており、S-65は戦前のキャタピラー60のライセンス生産車の出力強化型で、S-80はS-65をベースにレンドリース供与されたキャタピラーD7用の直列4気筒ディーゼルエンジンをコピーしたKDM-46エンジンを搭載し、60kN (60キロニュートン、約6トン)の牽引力を持っていました。


 しかし、管轄省庁であるソ連中型機械製造人民委員部(自動車・トラクター工業省)は、もっと強力な
トラクターが必要だとして牽引力250 kN装軌式トラクターの開発を要求しました。工場側は、この性能要求を満たす大出力の民生用エンジンがないため、不可能だと回答しましたが、結局、委員部に押し切られ目標達成を命じられました。


 
まずは大出力エンジンからということで、S-80用のKDM-46エンジンを三個並べた直列12気筒エンジンが試作されましたが、エンジン長が4メートルを越え、重量も5トン以上あったため、トラクター搭載は無理だと却下されました。


 次の候補が当時の主力戦車T-44とT-54に搭載されていた
V型12気筒の戦車用エンジンV2でした。

 大戦中のT-34中戦車やKV重戦車も同系エンジンを使っており、
信頼性やコストなどは問題なかったものの、
戦場で臨機応変に行動する戦車と
低速走行しかしないトラクターでは、エンジンの使用条件が全く異なるうえに、戦車は常に最高性能を発揮できるようにエンジンを500時間毎にオーバーホールするか交換が義務づけられていましたが、民生用トラクターは簡単なメンテのみで長期間稼働せねばならず、そのまま流用することは無理でした。

 
そこでV2エンジンの出力を落とし、各部品を再設計して軽量化を図り、交換部品や消耗品も長期使用を前提に見直されました。


 さらにエンジンの負担を軽減させ、
メンテも簡略化するために機械式トランスミッションを廃し、エンジンで発電機を回し、生じた電気でモーターを駆動させるディーゼル・エレクトリック方式を採用しました。これによって、エンジンは
10000時間まで
オーバーホールや交換が不要となりました。こうして画期的な新型トラクターは誕生し、牽引力250 kNのディーゼル・エレクトリック式トラクターの略で「DET-250」と命名されました。


 試作車完成したのは1956年4月30日で、1959年から
先行量産に入りましたが、シャシーの量産が難しかったため、本格的な量産開始は1961年からでした。


 ソ連の民生大型装軌式トラクターは、
キャタピラー60をルーツにS-65、S-80、T-100と改良されてきましたが、操行は二本のブレーキレバーとアクセルで操作する方式が継承されてきましたが、DET-250は一本のコントロールスティックで行い、完全密閉式のキャブは、オペレーターを騒音や雨雪から守るだけでなく、初めてエアコンを装備したので、乾燥地帯や熱帯地域での活動に支障がなくなるなど、大きな進化を遂げていました。


 また
ディーゼル・エレクトリック式のため、電源車として使用可能で、車外の大型燃料タンクを併用すれば小型発電所にもなるため、インフラが全くない地域での作業や活動も可能でした。


 DET-250は、1961年1月から生産が開始され、DET-250MとDET-250M2と改良型が登場し、2016年1月まで50年間も生産され続けました。



  • 価格:19,600円

  • ロシア本国で在庫なし